6月きむすぽのお知らせをお送りいたします。
今回は個人発表の回となります。皆さま、どうぞ足をお運びください。
第79回叙述態研
日時:6月6日(金)18時から
場所:国立オリンピック記念青少年総合センター、センター棟小研修室3A
http://nyc.niye.go.jp/facilities/d7.html
【個人発表】
伊藤優子「「文学界」グループと中原中也の交錯――「六月の雨」まで」
平井裕香「恐怖を恐怖する言語―川端康成「針と硝子と霧」に読むジェンダーの編成」
***
【発表要旨】
伊藤優子「「文学界」グループと中原中也の交錯――「六月の雨」まで」
1934年6月号より再刊された雑誌「文学界」はいわゆる「文芸復興」を主導した雑誌として知られているが、その運動の中で小説・批評と共に詩の果たす役割の可能性が作家達により議論されていたことはあまり注目されていないように思われる。論議は「文学界」が文壇の中心雑誌へと移行していく過程で活発になり、そこには中原中也の知友小林秀雄・河上徹太郎がいた。「文学界」は中原中也の存在を「文壇」内に周知させる一転機として位置づけられているが、同人達が見る詩人像と見られる詩人の意識は必ずしも一致していない。
発表ではまず、雑誌の「六号雑記」や「編輯後記」、誌上座談会から文学の危機的状況が共通認識として語られる一方で、新たな文学者が希求されていく様相を検討する。その中で中原中也は「文学界」グループが発見した詩人として誌面前景に登場してくる。
次に、雑誌掲載評論「詩と其の伝統」が批評家、特に河上との応答によって書かれていること、両者の詩の概念が類似していることを確認する。これ以前から彼等の詩観には「対象と心象との距離」が重要な問題として共有されているのだが、それを実作として示したものが「六月の雨」ではないだろうか。こうした試みと若い批評家たちの思惑との交錯を通して、この時期の中原中也の仕事を発表媒体との関係で位置づけ直すことを目的とする。
平井裕香「恐怖を恐怖する言語―川端康成「針と硝子と霧」に読むジェンダーの編成」
本発表の目的は、川端康成の「針と硝子と霧」(「文学時代」一九三〇年一一月)を、それを取り巻いている「文学」をめぐる共時的・通時的な言説編成を相対化しつつ読むことである。先行研究において繰り返し語られ、実体化されてきた感のある作中人物・「朝子」の〈狂気〉を、「作者」と「読者」が共犯的に[再]生産する意味として捉え直し、そのような意味生産のメカニズムを明らかにすること、と言い換えることもできる。「朝子」の言葉は、それを〈狂気〉として対象化することによって、またそのような対象化を可能にするために、「弟」「夫」「作者」及び「読者」の言葉が構築する閉鎖的なコミュニケーションに、ノイズをもたらしている。とりわけ、先行研究においては引かれることの稀であった、「朝子」が「おかあさん」に宛てて記した手紙として提示される物語世界内的エクリチュールは、母と娘を対話不可能な一体性の中に閉じ込めることによって「女」の〈狂気〉或は〈狂気〉の「女」を現出する、異性愛男性中心主義的な言語に抵抗している。そのような言説の争闘の場として、また「作者」と「朝子」の言葉が確たる境界を失していく過程として読まれるとき、「針と硝子と霧」は、「小説」を読む/書く行為に蔓延る「恐怖恐怖症」の徴候を炙り出すテクストとして顕れるだろう。
※本発表は、日本文学協会第33回研究発表大会(二〇一三年七月七日、神戸大学)における口頭発表「娘の言葉―川端康成「針と硝子と霧」及び「母の初恋」におけるジェンダーの編成」の内容の一部に、大幅な加筆・訂正を加えたものである。
6.04.2014
4.23.2014
第78回

今回は、著者のお一人である橋本健二さんをお招きして、各所で話題の『盛り場はヤミ市から生まれた』の著者セッションを開きます。
書評をご担当くださるのは、東京大学助教の神子島健さんです。
今回の企画は、ヤミ市研究会のメンバーであり、本書にもご論考を寄せている、逆井聡人さんが中心となって実現しました。皆さま、どうぞふるってご参加ください。
第78回叙述態研
日時:5月2日(金)18時から
場所:国立オリンピック記念青少年総合センターセンター棟413教室http://nyc.niye.go.jp/facilities/d7.html
【著者セッション】
橋本健二・初田香成編著『盛り場はヤミ市から生まれた』(青弓社、2013年)
書評者:神子島健(東京大学大学院)
【企画主旨】
今回の著者セッションでは社会学者の橋本健二先生(早稲田大学人間科学学術院教授)をお招きいたします。
橋本先生はご専門の階級・社会階層に関する研究でご活躍の一方、昨年末に出版された『盛り場はヤミ市から生まれた』(青弓社、2013年)の編著者であり、ヤミ市研究会の代表者でもあります。近年、テレビドラマや映画等で頻繁に敗戦直後のヤミ市の風景が登場するようになりました。また、商店街の復興や再開発という都市計画の文脈でも戦後ヤミ市の由来や可能性を探るような例もあります。一方で、現在の日本の政治が、「戦後レジームからの脱却」を文句に「戦後」を消却しようとする態度を露骨に示しています。
そのような現在の状況の中で敗戦直後のヤミ市をみることがどのような問題系を明らかにしてくれるのか、「ヤミ市」を学術研究の一つの場として改めて提示することにどのような可能性があるのか、そのことを中心に橋本先生に伺ってみたいと考えております。コメンテーターは、以前に当研究会で取り上げた『戦場へ征く、戦場から還る』(新曜社、2012年)の著者である神子島健さん(東京大学総合文化研究科国際社会科学専攻助教)に担当して頂きます。
【著者・コメンテータ―略歴(敬称略)】
橋本健二
1959年、石川県生まれ
専攻は理論社会学・格差社会論
著書に『階級都市』(筑摩書房)、『「格差」の戦後史』(河出書房新社)、『新しい階級社会
新しい階級闘争』(光文社)、『階級社会』(講談社)、編著書に『家族と格差の戦後史』(青弓社)など
神子島健
専攻は社会思想史、日本近代文学
著書に『戦場へ征く、戦場から還る』(新曜社)、小沢弘明・三宅芳夫編『移動と革命
ディアスポラたちの世界史』(論創社)、論文に「二重の不在―戦後と3・11後の死者について―」『批評研究』、「戦場の記憶と戦後文学」『中帰連』(全五回)など
3.24.2014
第77回
第77回叙述態研
日時:4月4日(金)16時から
場所:国立オリンピック記念青少年総合センター、センター棟506
http://nyc.niye.go.jp/facilities/d7.html
【個人発表】
渋谷百合絵「宮沢賢治「雪渡り」論―《伝承》の再構築をめざして」
田口麻奈「堀田善衞『若き日の詩人たちの肖像』論」
***
【発表要旨】
渋谷百合絵「宮沢賢治「雪渡り」論―《伝承》の再構築をめざして」
日本の伝承・民間信仰において、狐は極めて特殊な位置を占めてきた。『日本霊異記』をはじめとする、狐と人間の異類婚と特異な力を持った子供の出生を語る説話や、狐憑き/狐に化かされたといった類の民間伝承や昔話、稲荷神信仰など、ここで改めて確認するまでもないほど、狐は古来、超常現象を説明する論理の根幹に据えられてきた存在であるといってよいだろう。明治以降、狐は次第にその地位から追い落とされていくことになるが、永井荷風「狐」に見られるように都市/近代科学を越えた怪異の残滓として、あるいはそれだけに一層ユートピア的地位を創作の世界で獲得していったとも考えられる。
異世界への憧憬を極めて論理的・合理的な文体で描こうとした大正期童話においても狐は格好のモチーフであり、西洋・中国の昔話・童話の再話作品が大勢を占める中、狐が登場する日本の昔話の再話/翻案作品は、『赤い鳥』系統の童話雑誌に数多く発表されている。
岩手で独自の創作を行った宮沢賢治の童話にも、狐は重要なモチーフとして繰り返し描かれている。特に「雪渡り」(『愛国婦人』大正10年12月・大正11年1月)は数少ない生前発表作であり、円熟した大正期童話運動と賢治作品との僅かな結節点であるという点において重要な作品であるといえる。
本作はこれまで、狐の子どもと人間の子どもの交歓の喜び、その詩的情感の美の描かれた作品と読解されてきた。しかし、本作のなかに織り込まれた伝承世界の狐のイメージや、狐の子ども達が開催する幻燈会が、明治中期から大正期にかけて実際の教育の場で担っていた役割を検討していくと、狐と人間との新たな関係をめぐる差し迫った事情が背後に揺曳していることに気づく。
本作は大正期に確立された童話表現を、まさに物語の主意に沿うように生かすことで、狐と人間の友愛の物語という読みに読者を誘導しながらも、その背後に同時代的な文脈や現実的な問題を忍ばせる、特異な作品構造を有している。本発表ではこうした童話表現の効果に留意しつつ、作中に描かれたモチーフの解読作業によって、賢治が確立しようとした新たな《伝承》を解き明かすことを目標としたい。
田口麻奈「堀田善衞『若き日の詩人たちの肖像』論」
堀田善衞『若き日の詩人たちの肖像』(新潮社
一九六八・九、初出は「文芸」一九六六・一~一九六八・五)は、堀田自身とほぼ同じ出自・境遇に設定された主人公が、富山県・伏木から上京して学生生活を送り、召集令状を受け取るまでを描いたものである。
現在、堀田に関しては、時代ごとに発揮された鋭敏な国際感覚と、その素地を用意した上海体験とが注目を集め、その点に高い評価が与えられている。一方、堀田が国際文化振興会の一員として上海に渡る以前、つまり『若き日の詩人たちの肖像』で描かれるところの学生時代に関しては、世界的な動乱に直面する以前の〈芸術至上主義〉的な時代とされ、本作はその時期の堀田のあり方を示す資料として断片的に参照されてきた。または、自伝的小説(従ってモデル小説)としての性格が注目され、戦前の文学青年たちの真摯な青春を活写した群像劇として位置づけられてきた。
しかし本作は、そういった同時代を横軸として描くだけでなく、主人公がある一つの思念を中心に問いを深める帰趨を縦軸のひとつとして導入している。それは、本作のタイトルにも掲げられる〈詩人〉のあり方をめぐる問いである。〈冬の皇帝〉(モデルは田村隆一)や〈良き調和の翳〉(モデルは鮎川信夫)の詩に接した際の主人公が、その都度、彼らに及ばないことを自覚し、「詩人は詩人であるにしても、詩をつくるのはあまり向いとらんかもしれん」と自己評価するくだりに端的に表れているように、本作は、詩作の有無や巧拙に関わらず、ある抽象的な価値観を託す形で、主人公の同時代人を〈詩人たち〉と指称しているようだ。
本発表では、小説全体のプロットを視野に収めた上で、これまでトータルに考察されてこなかった本作の〈詩人〉論としての射程を導出してみたい。
(なお、本作は結構な長編ですが、論の枠組みというよりは、読解の成否について、色々とご意見賜りたく思っております。どうぞよろしくお願いいたします)
11.27.2013
第76回
今年も残りわずかとなって参りましたが、いかがお過ごしでしょうか。
さて、12月きむすぽのお知らせをお送りいたします。
今回は、木村朗子さんの新刊『震災後文学論――あたらしい日本文学のために』を取り上げます。
終了後には忘年会も企画しておりますので、ぜひ多くの皆さまのご参加をお待ちしております。
第76回叙述態研
日時:12月6日(金)18時から
場所:国立オリンピック記念青少年総合センター(センター棟502号室)
http://nyc.niye.go.jp/facilities/d7.html
【著者セッション】
木村朗子『震災後文学論――あたらしい日本文学のために』(青土社、2013年)
書評者:岩川ありさ(東京大学大学院)

【内容紹介】
未曾有の事態をどのように理解し、そして受けとめるか。いち早くその現実を咀嚼しようとし言葉にしてきたのはまさに文学であった。
「たかが文学。その内容を議論するよりももっと現実的なことを議論した方がよい」。はたしてそうだろうか。
もし文学が、直視しがたい現実を言葉にしているとするならば、そこで描かれているもの、描かれていないものは、まさに現実そのものの縮図ではないのか――。
ゆえにわたしたちは「震災文学」を読まければならないのだ。
「震災」以後の文学全体をとらえ、これまでの文学の歴史と断絶したところからはじまるあたらしい文学の歴史を見出す。
「震災後文学」を読みつづけ、海外に紹介しつづけてきた気鋭の国文学者が、専門領域を侵犯してまで著わす決意の書。(青土社ホームページより)
さて、12月きむすぽのお知らせをお送りいたします。
今回は、木村朗子さんの新刊『震災後文学論――あたらしい日本文学のために』を取り上げます。
終了後には忘年会も企画しておりますので、ぜひ多くの皆さまのご参加をお待ちしております。
第76回叙述態研
日時:12月6日(金)18時から
場所:国立オリンピック記念青少年総合センター(センター棟502号室)
http://nyc.niye.go.jp/facilities/d7.html
【著者セッション】
木村朗子『震災後文学論――あたらしい日本文学のために』(青土社、2013年)
書評者:岩川ありさ(東京大学大学院)

【内容紹介】
未曾有の事態をどのように理解し、そして受けとめるか。いち早くその現実を咀嚼しようとし言葉にしてきたのはまさに文学であった。
「たかが文学。その内容を議論するよりももっと現実的なことを議論した方がよい」。はたしてそうだろうか。
もし文学が、直視しがたい現実を言葉にしているとするならば、そこで描かれているもの、描かれていないものは、まさに現実そのものの縮図ではないのか――。
ゆえにわたしたちは「震災文学」を読まければならないのだ。
「震災」以後の文学全体をとらえ、これまでの文学の歴史と断絶したところからはじまるあたらしい文学の歴史を見出す。
「震災後文学」を読みつづけ、海外に紹介しつづけてきた気鋭の国文学者が、専門領域を侵犯してまで著わす決意の書。(青土社ホームページより)
10.26.2013
第75回
秋深まる季節となりましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
さて、11月きむすぽのお知らせをお送りいたします。
今回は山口直孝さんをお招きした著者セッションになります。
書評担当の木村政樹さんが、力のこもった企画趣旨をお寄せくださいました。
ぜひ皆さまお誘い合わせの上、ご参加ください。
第75回叙述態研
日時:11月1日(金)18時から
場所:国立オリンピック記念青少年総合センター、センター棟502教室
http://nyc.niye.go.jp/facilities/d7.html
【著者セッション】
山口直孝『「私」を語る小説の誕生――近松秋江・志賀直哉の出発期』(翰林書房、2011年)
書評者:木村政樹(東京大学大学院)
***
【企画趣旨】
今回の著者セッションでは、山口直孝氏の『「私」を語る小説の誕生――近松秋江・志賀直哉の出発期』を取り上げます。本書では、日露戦争後の文学状況の変化のなかで、「「私」を語る小説」がいかにして成立したかという問題が、近松・志賀の小説の詳細な分析とともに論じられています。
著者のいう「「私」を語る小説」とは、「作家が自分自身を主人公兼語り手に設定した小説」のことです。これは、日比嘉高氏が『〈自己表象〉の文学史――自分を書く小説の登場――』で用いた、〈自己表象テクスト〉という概念との関係で位置づけられています。日比・山口両氏の概念は、従来用いられてきた「私小説」という語に代えて作られたものです。このような用語が改めて提示されなければならなかった理由は、本書のなかで述べられているので省略しますが、ここには「私小説」研究の分野に限定されない問題が含まれていると思われます。
そのひとつは、「文学史」という物語をめぐる問題です。「「私」を語る小説」という言葉を用いることは、既存の私小説起源論によって紡がれてきた物語を相対化する、有効な手段となりえます。本書の前提には、事後的に成立した価値観を過去に投影し、「結局自分自身の似姿を過去に探すことにしかならず、そのためにそこで起こる事態は合わせ鏡のような堂々めぐりでしかない」(日比前掲書)ような歴史記述に対する、明確な批判意識があるのです。
もうひとつは、過去の文化状況や文学作品を、いかに理解するかという問題です。「「私」を語る小説」の検討に際しては、同時代のテクストが持っていた、より細かな特徴にも注意が向けられています。たとえば、「旅を取り扱った作品」「書簡体小説」「日記体小説」などです。そうした内容・形式に関わる要素が現象として把握されるとともに、特定の小説の分析の際にもその点が留意されます。このように、周辺テクストの発掘とともに微細な表現にまでふみ込んだ考察では、(異)文化を理解することの倫理が絶えず要請されると考えられます。
以上二点の具体的な実践がなされているという意味において、本書は「私小説」研究、ないし個別の作家研究における達成に留まらない、文化・思想をめぐる諸学問領域において考察されるべき課題が提出されていると考えられるのではないでしょうか。本書をもとに、叙述態研究会に集まる多様な関心をお持ちの方々にとって、有意義な対話がなされることを望みます。書評は東京大学大学院博士課程の木村政樹が担当します。
さて、11月きむすぽのお知らせをお送りいたします。
今回は山口直孝さんをお招きした著者セッションになります。
書評担当の木村政樹さんが、力のこもった企画趣旨をお寄せくださいました。
ぜひ皆さまお誘い合わせの上、ご参加ください。
第75回叙述態研
日時:11月1日(金)18時から
場所:国立オリンピック記念青少年総合センター、センター棟502教室
http://nyc.niye.go.jp/facilities/d7.html
【著者セッション】
山口直孝『「私」を語る小説の誕生――近松秋江・志賀直哉の出発期』(翰林書房、2011年)
書評者:木村政樹(東京大学大学院)
***
【企画趣旨】
今回の著者セッションでは、山口直孝氏の『「私」を語る小説の誕生――近松秋江・志賀直哉の出発期』を取り上げます。本書では、日露戦争後の文学状況の変化のなかで、「「私」を語る小説」がいかにして成立したかという問題が、近松・志賀の小説の詳細な分析とともに論じられています。
著者のいう「「私」を語る小説」とは、「作家が自分自身を主人公兼語り手に設定した小説」のことです。これは、日比嘉高氏が『〈自己表象〉の文学史――自分を書く小説の登場――』で用いた、〈自己表象テクスト〉という概念との関係で位置づけられています。日比・山口両氏の概念は、従来用いられてきた「私小説」という語に代えて作られたものです。このような用語が改めて提示されなければならなかった理由は、本書のなかで述べられているので省略しますが、ここには「私小説」研究の分野に限定されない問題が含まれていると思われます。
そのひとつは、「文学史」という物語をめぐる問題です。「「私」を語る小説」という言葉を用いることは、既存の私小説起源論によって紡がれてきた物語を相対化する、有効な手段となりえます。本書の前提には、事後的に成立した価値観を過去に投影し、「結局自分自身の似姿を過去に探すことにしかならず、そのためにそこで起こる事態は合わせ鏡のような堂々めぐりでしかない」(日比前掲書)ような歴史記述に対する、明確な批判意識があるのです。
もうひとつは、過去の文化状況や文学作品を、いかに理解するかという問題です。「「私」を語る小説」の検討に際しては、同時代のテクストが持っていた、より細かな特徴にも注意が向けられています。たとえば、「旅を取り扱った作品」「書簡体小説」「日記体小説」などです。そうした内容・形式に関わる要素が現象として把握されるとともに、特定の小説の分析の際にもその点が留意されます。このように、周辺テクストの発掘とともに微細な表現にまでふみ込んだ考察では、(異)文化を理解することの倫理が絶えず要請されると考えられます。
以上二点の具体的な実践がなされているという意味において、本書は「私小説」研究、ないし個別の作家研究における達成に留まらない、文化・思想をめぐる諸学問領域において考察されるべき課題が提出されていると考えられるのではないでしょうか。本書をもとに、叙述態研究会に集まる多様な関心をお持ちの方々にとって、有意義な対話がなされることを望みます。書評は東京大学大学院博士課程の木村政樹が担当します。
9.21.2013
第74回
朝夕と涼しくなって参りましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
さて、10月きむすぽのお知らせをお送りいたします。
今回は個人発表の二本立てとなります。
ぜひ皆さまお誘い合わせの上、ご参加ください。
第74回叙述態研
日時:10月4日(金)18時から
場所:国立オリンピック記念青少年総合センター、センター棟511教室
http://nyc.niye.go.jp/facilities/d7.html
【個人発表】
飯倉 江里衣「東北抗日連軍と満洲国軍の中の朝鮮人―異なる植民地体験とつくられた敵対関係―」
牧 藍子(2012年度東大総長賞受賞)「元禄疎句の広がり」
***
【発表要旨】
飯倉 江里衣「東北抗日連軍と満洲国軍の中の朝鮮人―異なる植民地体験とつくられた敵対関係―」
本報告では、日本の植民地支配下で朝鮮人の軍事経験がどのように培われたかを考察するために、1930年代以降の「満洲」(以下、満洲)における東北抗日連軍と満洲国軍の朝鮮人の経験について見ていく。1930年代以降の植民地下での朝鮮人による軍事経験は、満洲における中国共産党の抗日軍隊とそれに対抗する関東軍及び満洲国軍の中で培われた。朝鮮人が東北抗日連軍に入ったのは、中国共産党の組織の中で抗日闘争を行わざるを得ない境遇に置かれていたからであり、朝鮮人が満洲国軍に入隊したのは、社会的上昇手段が限られていた植民地下の朝鮮人に、ある種の幻想を抱かせた側面があったからであった。また、彼らは朝鮮人が朝鮮人を「討伐」し、東北抗日連軍の朝鮮人と朝鮮人民衆との関係を断ち切る
「匪民分離」政策という、日本の軍事戦略の下で軍事的敵対関係に置かれた。
満洲国軍の朝鮮人指揮官が朝鮮人パルチザンの「討伐」を行った経験は、「匪民分離」政策の成功体験として、また朝鮮人民衆を味方につける政治闘争の勝利の体験として、植民地解放後の韓国軍の中で生かされた。このような満洲国軍出身者が植民地解放後に及ぼした影響を明らかにするためには、日本の植民地支配期の満洲で軍事経験を経た朝鮮人のパルチザン「討伐」経験に注目する必要がある。
牧 藍子「元禄疎句の広がり」
連句形式を基本とする俳諧の歴史の中で、付合が親句から疎句へと移った元禄期は、一つの大きな転換点にあたる。しかし、この元禄疎句の実態については、未だ十分に解明されていない。
「梅に鶯」「月に雁がね」のような、語と語の固定的な連想関係によって、前句に付句を付ける親句とは異なり、疎句では詞の関係を直接の契機とはせず、前句全体に付句が調和するように付けられる。本発表ではまず、元禄期に作られた俳論書、付合手引書、連句作品等を用いて、元禄疎句の最大公約数的な性格を「うつり」を切り口に論じる。従来蕉風の付合手法として特別視されてきた「うつり」は、実際には元禄俳壇全体で希求されたものであり、「うつり」の語は元禄疎句の合い言葉のように用いられていた。
一方、付合手法という観点からは同じ方向性を持つ元禄俳人の間でも、具体的な作品を分析するとその作風には違いがみられる。今回は元禄俳壇の主流である上方の当流俳諧師と江戸の蕉風俳人を例に比較を行う。故事を繰り返し用い、雅俗の落差によって滑稽さを生み出す手法がマンネリ化した時代、卑近な日常の中に和歌の伝統美に比肩しうる美を見いだそうとした芭蕉らに対し、上方俳諧師たちや彼らが相手にした大衆作者層は、当代語彙を多用することで俳諧性を追求している。
さて、10月きむすぽのお知らせをお送りいたします。
今回は個人発表の二本立てとなります。
ぜひ皆さまお誘い合わせの上、ご参加ください。
第74回叙述態研
日時:10月4日(金)18時から
場所:国立オリンピック記念青少年総合センター、センター棟511教室
http://nyc.niye.go.jp/facilities/d7.html
【個人発表】
飯倉 江里衣「東北抗日連軍と満洲国軍の中の朝鮮人―異なる植民地体験とつくられた敵対関係―」
牧 藍子(2012年度東大総長賞受賞)「元禄疎句の広がり」
***
【発表要旨】
飯倉 江里衣「東北抗日連軍と満洲国軍の中の朝鮮人―異なる植民地体験とつくられた敵対関係―」
本報告では、日本の植民地支配下で朝鮮人の軍事経験がどのように培われたかを考察するために、1930年代以降の「満洲」(以下、満洲)における東北抗日連軍と満洲国軍の朝鮮人の経験について見ていく。1930年代以降の植民地下での朝鮮人による軍事経験は、満洲における中国共産党の抗日軍隊とそれに対抗する関東軍及び満洲国軍の中で培われた。朝鮮人が東北抗日連軍に入ったのは、中国共産党の組織の中で抗日闘争を行わざるを得ない境遇に置かれていたからであり、朝鮮人が満洲国軍に入隊したのは、社会的上昇手段が限られていた植民地下の朝鮮人に、ある種の幻想を抱かせた側面があったからであった。また、彼らは朝鮮人が朝鮮人を「討伐」し、東北抗日連軍の朝鮮人と朝鮮人民衆との関係を断ち切る
「匪民分離」政策という、日本の軍事戦略の下で軍事的敵対関係に置かれた。
満洲国軍の朝鮮人指揮官が朝鮮人パルチザンの「討伐」を行った経験は、「匪民分離」政策の成功体験として、また朝鮮人民衆を味方につける政治闘争の勝利の体験として、植民地解放後の韓国軍の中で生かされた。このような満洲国軍出身者が植民地解放後に及ぼした影響を明らかにするためには、日本の植民地支配期の満洲で軍事経験を経た朝鮮人のパルチザン「討伐」経験に注目する必要がある。
牧 藍子「元禄疎句の広がり」
連句形式を基本とする俳諧の歴史の中で、付合が親句から疎句へと移った元禄期は、一つの大きな転換点にあたる。しかし、この元禄疎句の実態については、未だ十分に解明されていない。
「梅に鶯」「月に雁がね」のような、語と語の固定的な連想関係によって、前句に付句を付ける親句とは異なり、疎句では詞の関係を直接の契機とはせず、前句全体に付句が調和するように付けられる。本発表ではまず、元禄期に作られた俳論書、付合手引書、連句作品等を用いて、元禄疎句の最大公約数的な性格を「うつり」を切り口に論じる。従来蕉風の付合手法として特別視されてきた「うつり」は、実際には元禄俳壇全体で希求されたものであり、「うつり」の語は元禄疎句の合い言葉のように用いられていた。
一方、付合手法という観点からは同じ方向性を持つ元禄俳人の間でも、具体的な作品を分析するとその作風には違いがみられる。今回は元禄俳壇の主流である上方の当流俳諧師と江戸の蕉風俳人を例に比較を行う。故事を繰り返し用い、雅俗の落差によって滑稽さを生み出す手法がマンネリ化した時代、卑近な日常の中に和歌の伝統美に比肩しうる美を見いだそうとした芭蕉らに対し、上方俳諧師たちや彼らが相手にした大衆作者層は、当代語彙を多用することで俳諧性を追求している。
9.03.2013
第73回
まだまだ暑い日が続きますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
さて、9月きむすぽのお知らせをお送りいたします。
今回も参加しやすい18時開始となっております。
ぜひ皆さまお誘い合わせの上、ご参加ください。
第73回叙述態研
日時:9月6日(金)18時から
場所:国立オリンピック記念青少年総合センター、センター棟414教室
http://nyc.niye.go.jp/facilities/d7.html
【個人発表】
村上克尚「戦後家庭の失調――小島信夫「馬」の政治性について」
村上陽子「又吉栄喜「ギンネム屋敷」試論」
***
【発表要旨】
村上克尚「戦後家庭の失調――小島信夫「馬」の政治性について」
小島信夫は、五〇年代半ばに家庭の問題への関心を表わし、「第三の新人」という範疇に分類されてきた。しかし、小島の家庭への関心は、政治的な領域からの撤退を示すのではなく、むしろ家庭の領域と政治の領域との不可分性の意識に支えられている。「馬」(当初は「家」と「馬」として発表、共に一九五四・八)という奇妙な家庭小説は、戦後に民主化されたと言われる家庭が、実際には男性を社会に奉仕させる一方、女性を家に囲い込むという仕方で、なお「主人」の論理を保存していることを示す。この「主人」の論理は、同時代の国家の「主権」をめぐる軍事的な論理とも共犯関係にある。登場人物の「僕」もトキ子も、このような「主人」=「主権」の論理に違和感を持っているが、家庭は親密な愛
情の場でなければならないという思い込みから、この論理に従属している。しかし、愛情の証として始められた家の増築は、まるで二人の潜在的な欲望を反映するかのように、馬という異質な他者を呼び込んでしまう。この馬は、「主人」の威容を支えるための「動物」であったにもかかわらず、そのような機能に還元されない単独的な生を生きることで、「僕」とトキ子の家庭を次第に失調させていく。馬に敗北する「僕」の姿は、異質な他者を排斥する「主人」の論理から、異質な他者を迎え入れる歓待の論理への移行を象徴しているように思える。そして、もしこのような読みが可能なのだとしたら、小島の小説に、父=治者にならねばならないという倫理を読み取ろうとする江藤淳の『成熟と喪失』が提示し
たパラダイムは大きく修正されねばならないだろう。
*************
村上陽子「又吉栄喜「ギンネム屋敷」試論」
一九五三年の沖縄を舞台とする又吉栄喜「ギンネム屋敷」(一九八〇年)は、沖縄戦の中での朝鮮人軍夫や「従軍慰安婦」を描いた希有な作品である。沖縄人、朝鮮人、米軍人、二世兵士など、さまざまな立場の人間が交錯するこの作品は、第四回すばる文学賞を受賞したものの、わかりにくいという批判を受けた。そのわかりにくさは沖縄という土地において朝鮮人をめぐる記憶が正当に聞き取られ、記憶されることの不可能性と強く結び付いていると言える。
物語の枠を揺るがし、こぼれ落ちる声や記憶を「ギンネム屋敷」はどのように描こうとしているのか。本報告では、抑圧され、忘却されてきた〈他者〉としての朝鮮人の記憶が召還され、語られる過程において、新たに発動されてしまう暴力や聞き捨てられていく声について考えていきたい。
村上陽子(東京大学大学院)
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